季節のすきまに宿る味

2025/7/1

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ここでしか生まれない味について

コーヒーをブレンドするという行為は、 たくさんの知識や情報があってこそ成立するもの、 そんなふうに捉えられがちです。

でも、私たちが季節のブレンドをつくるときに立ち返っているのは、 もっと手ざわりのあるもの、目の前の生活の中にあるものです。

光の角度、空気の湿り方、庭の花の咲き方。 誰かが店の扉を開けて、ふわっと香る午後の気配。

ここで過ごす日々の小さな変化が、 「この味が飲みたい」という直感につながっていきます。

私たちにとってのオリジナルとは、 情報を積み上げてつくるものではなく、 生活の中から浮かび上がってくる輪郭なのかもしれません。


味わいが立ち上がる風景

これまでに季節ごとに3つのブレンドを生み出してきました。

たとえば春は、ミモザのやわらかな黄色から着想を得たブレンド。 目の奥に抜けるやさしい花の香りと、みずみずしい柑橘の輪郭。 花粉の季節を抜け、身体がすこし軽くなっていく感覚に寄り添うような味。

初夏には、沖縄の季語「若夏(わかなつ)」をテーマに、 新しい季節の入り口を思わせる爽やかさと、 ほんのりスパイスが残る後味を重ねて。

そして夏本番、「祭」というブレンドが生まれました。 静謐(せいひつ)な空気に包まれた葉山も、夏になると町は賑わいと熱気にあふれる。 そんな葉山の高揚感を、独特な風味をもつマンデリンをベースに表現。

土のような深み、果実の瑞々しさ、柔らかな甘み、そしてしっかりとした厚み。 それぞれの要素が複雑に絡み合い、口の中でひとつの体験へと昇華していくさまは、まるで“祭”のよう。

完熟した果実が持つトロンとした甘さが印象的。 華やかな回転を起こしながら、味わいをやさしく閉じ込めてくれるため、 アイスコーヒーとしてもおすすめのブレンドです。


生活から立ち上がるオリジナル

「オリジナルであること」は、時に難しさもはらんでいます。 珍しい豆を使うことや、複雑な技法を組み合わせることもひとつの選択だけれど、 楚々にとっては、“この空間にしかない気配を味にする”という視点のほうがしっくりきます。

庭に出て草花を触ったときの匂い、 朝の静けさに届いた風の音、 台所で立ち上がる湯気と、ふと流れてきた記憶──

そうした日常のかけらが、コーヒーの味にゆるやかに反映されていく。 それは、「自分たちの生活を信じる」ということでもあるのかもしれません。

そして同時に、本当の意味でのオリジナルとは暮らす人々の存在があってこそ、生まれるものでもあると思うのです。

この場所で働く人、訪れる人、通りすぎる人── そんな日々の暮らしの積み重ねが、空間の温度やリズムをつくり、 それが味の輪郭をゆっくりと浮かび上がらせていく。

誰かに届けるための味である前に、 まず、ここに暮らす人たちの生活に根ざした味でありたい。 楚々のコーヒーの魅力は、その味を共に作り上げているということかもしれません。


季節ごとに立ち上がる、もうひとつの風景

楚々では、当たり前の日常を、毎日少しずつ特別に感じられるような── そんなシグネチャードリンクを、季節ごとに作り出しています。

氷の音、ハーブの香り、果実のエッセンス。 ガラスのカップに映る空気ごと、 “そのときの楚々”を飲むような感覚です。

そんな季節のドリンクたちの背景もまたご紹介する予定です。
ぜひそちらも、お楽しみに。

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